Hatena Blogger 銀河鉄道の夜第5話の続きです。
第6話 ミスターM氏の帰還・後編
ご寵愛を、ご寵愛を、わしにもご寵愛を・・・
奄美大島の山奥に、太鼓の音と老人たちのしわがれた声が響く。
鬼灯様と呼ばれる女性の周りには、十数人の高齢者がひざまずき、両手を掲げて両てのひらに何かの植物の葉をのせてもらっている。
そのなかに、70歳のミスターM氏もいた。
植物を乗せてもらった高齢者は、「おおおおおお」と喜びの雄たけびをあげ、それをむしゃむしゃと食べ始めた。そして、恍惚の表情で「ありがたきしあわせ」と鬼灯様を拝んでいる。
どうやら、その植物を「ご寵愛」と呼ぶらしい。
ミスターM氏の順番がきた。
「ご寵愛を!」ミスターM氏もほかの高齢者がしているように叫んだ。
ミスターM氏のてのひらに「ご寵愛」が乗せられた。
――こ、これが、鬼灯様のご寵愛・・・ほおずきさま・・・
ほおずき、さま?俺は何しにここへ?
だれかをさがしにきたのではなかったのか?
ミスターM氏は大事ななにかを忘れているような気がした。
ミスターM氏、おそるおそるご寵愛を口に含んだ。
――に、苦い。これがご寵愛? これを食べると幸せになれる?
ミスターM氏はご寵愛を噛みしめた。
次世代飛行装置で東京から奄美まで10分。俺は、何かに導かれるように奄美に来た。そうだ、俺は30歳のはずだった。銀河鉄道ジョバンニ号に乗って、20年前に行き、地球に戻ってきたら70歳になっていたのだ。
桔梗という車掌にもういちどジョバンニ号に乗るように言われて・・・
ミスターM氏は、腕のIDウォッチを見た。
All domestic free(国内全て無料)
Expired / Giovanni ride(期限切れ/ジョバンニ号乗車)
なんてことだ、俺は大事なことを忘れていた。30歳の俺に戻るため、ジョバンニ号に乗らなければならなかったのに。最悪だ――
鬼灯様のご寵愛、それはアマミオオタニワタリという食べれば覚醒作用のある幻の山菜だった。それを食べたことで、急な老化で痴ほう症を発症していたミスターM氏は正気を取り戻した。しかし、ミスターM氏にはもう生きる気力がなかった――
うなだれ、倒れこむミスターM氏。
「ミスターM氏様」
桔梗が声をかけた。
「あなた、過去からなにか持ってきていませんか?そのせいで歪みが生じたのです。過去のものを身につけているから、あなたの時間軸が異常をきたしたのです。いますぐそれを、あの人に渡してください。あの、鬼灯様と呼ばれる女性に」
☆☆☆☆☆☆
俺は今、ジョバンニ号に乗っている。
ピンクのハンカチを鬼灯様に渡すよう桔梗に言われた。
あの鬼灯様がほおずきれいこだった――。
俺の、あこがれの、お姉さん。信じられない。きっとこの世界は俺がもといた現実ではない。別の世界だ。俺が、過去からハンカチを持ち帰ったことで、彼女に何かが起きてしまったのかもしれない。
俺がハンカチを鬼灯様に渡した時、鬼灯様はありがとうと言った。懐かしい目をして言った。
しかし、それは、なくしたハンカチが戻ってきた懐かしさだ。70歳の俺があのときの少年とは思いもよらないだろう。年齢がまるで違うからだ。
俺は、30歳に戻ったら、ふたたび、ほおずきれいこを探すだろう。
☆☆☆☆☆☆
「ご苦労だったな」行入りが言った。
「そうよ、大変だったわよ。3時間の遅延ですんだのは、私が優秀だったからよ。感謝してよね。次はあなたが行ってよね。行方不明者はまだ3人いるんですから」
ー完ー
※この物語はフィクションです。写真の女性も実在しない人物のものを使っています。
Hatena Blogger 銀河鉄道の夜 総目次 - へのへのもへじ・破
あとがき
「ミスターM氏の帰還」はへのへのもへじ氏の「ミスターM氏の惜愁」の続きとして書きました。ミスターM氏がかわいそうで、もとに戻してあげたくてこんなお話ができました。鬼灯様の初出は奄美大島刃傷殺人事件簿までさかのぼります。
小説に使った画像はこちらのブログから使いました。
老女の画像もありますので、ご自由にお使いください。
第7話に出てきたスタバの老女、じつは・・・とかね。
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