――我々は病気なんだ。ギャンブル依存症という病気なんだ。だから、パチンコだけでもやらせてくれ。
そんなギャンブル依存症たちの声が政府に届いた。東京都は新型コロナウィルス拡散防止対策で打ち出した休業要請に従わないパチンコ店を公表するのをやめた。
表向きは、全店舗が休業要請に従ったということだが、開店している店にギャンブル依存症の者たちが殺到するのを防ぐためだった。
北風と太陽の話にあるように、旅人の服を脱がすことができるのは北風ではなく太陽であって、力ずくで旅人の服は脱がすことはできない。
そう考えた東京都知事ケイコは首相のジンゾウにある提案をした。
パチンコ店は、なにもギャンブル依存症の人のために営業しているわけではない。すべてはお金のためだ。営業しないと店は潰れる。営業すれば、行き場を失ったギャンブル依存症の者たちを集められ、いつもより儲けることができるだろう。クラスター感染なんてしったことではない。
ギャンブル依存症の者たちはコロナに感染するかしないか、発症するかしないかさえ、ギャンブルのように楽しんでいた。かかるときはかかる、発症するときは発症する、死ぬときは死ぬ……。コロナで死ぬか生きるかは運しだい。
だから、パチンコをやらせてくれ。我々はギャンブルがないと生きていけないんだ。どうせ死ぬなら楽しんで死にたい。
東京都は、「1ヶ月パチンコ生活」というイベントを東京ドームで行った。
パチンコ台は都内のパチンコ店から借りている。
賃料はそれなりの金額だ。だから東京都がパチンコ台を1ヶ月借りたいと申し出たとき、パチンコ店は喜んでパチンコ台を提供し、営業をやめた。
換金は、1ヶ月後のイベント終了時に、ドームの外でできることになっている。生きていればの話だが。
イベント参加中は東京ドームから一歩も外へ出てはならない。お金がなくなっても、換金対象外の台が用意されており、そこで遊び続けることができる。おにぎりは自動販売機で購入できる。
1日3枚のコインが配られるので、朝、昼、晩に食べてもかまわないし、次の日にとっておいてもよい。コインを追加購入しておにぎりを追加することもできる。
入場料3000円で毎日おにぎりが食べられるのだから、ギャンブル好きのホームレスも参加した。
このイベントの一番のギャンブルはコロナに感染するかもしれないということだった。
ひとりでも感染者がいたらクラスター感染を引き起こすというギャンブルつき。なにがあっても1ヶ月は出られない。おにぎりという食料の配給はある。寝袋さえ持っていけば寝る場所はどこでも自由だ。
――1ヶ月後。
それなりに感染者は出て、死亡する者もいた。
しかし、思ったよりは死ななかった。
発症したのは全体の10%、死亡したのは発症した者のうち2%であった。
首相のジンゾウ、都知事のケイコ、各大臣、各官僚たちがテレワーク会議を行っていた。
「総理、そろそろ1ヶ月たちますが、この人たちどうしますか? データも取れましたし。おそらくほとんどの者が感染していると思われます。このままドームの外へ出すことは絶対にできません。」
「ギャンブル依存症の中でもパチンコ好きで他人のことなど思いやれない、生産性のない者の集まりです。競馬や競輪と違ってパチンコは国益に寄与しません。パチンコ好きのギャンブル依存症を一掃するチャンスですよ、総理!」
「今なら、コロナで死んだことにできます」
「総理、今こそ決断を!」
「……というのは?」
「例えばの話ですが、〇×ガスとかをドーム内に……という方法もあります」
「いや、それはさずがに。イベントを一か月延長させよう」
――1年後、新型コロナウィルスは収束した。東京ドーム内の者たちがどこへ行ったのか、誰も知らない。そんなイベントがあったことさえ報道されることもなかった。
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